Koike's Lemma

ITやビジネスに関する雑記

労働市場の未来について考えてみる - 接客優位論 -

最近,企業の業績不振やリストラのニュースを多く見る.かつて自分が働いていた携帯電話業界も日本勢はかなり厳しい状況である.そんな中,労働市場の未来についてよく考えるようになった.今日は現状の自分の考えについてまとめてみたい.


結論から言うと,今後の労働市場は広い意味での接客業が大半になると思う.なぜならば,機械化により多くの仕事が人間から機械に置き換わったとしても人間の相手をするのは人間がもっとも適しているからである.今後,様々な自動化技術と情報共有のプラットフォームの発展により,単純労働はものすごいペースで人間から機械に変わっていくだろう.そのとき人間は何をすべきであろうか.私は,機械に対する人間の最も優位な点は人間を喜ばせたり感動させたりすることであり,人間がやるべきことはそこにあると考えている.機械は確かに様々な不便を取り除いてくれる.しかし,機械から感動を得ることは少ないような気がする.もし感動することがあったとしても,それはその後ろにいる人間に感動しているのだと思う.

接客業とは人間に接する仕事のことである.直接人に会うような仕事はもちろん接客業だが,ここではもう少し広い意味で接客業を捉えたい.製品やサービスにおいて人間が接する部分を作る仕事も広い意味での接客業と呼ぶことにしたい.ただし,特定の個人について良く知った上で,その人のためだけに製品やサービスが作られる場合のみを接客業と呼ぶことにする.つまり,担当する顧客一人一人についてよく知り,よく考えた上で,顧客が接する様々なものを直接改善していくのが接客業である.例えばソフトウェアにおいては,特定の個人のための専用のユーザインターフェースを開発する仕事は接客業といえる.また,特定の個人のためのコンテンツ作成や情報収集,レコメンデーションなども接客業となる.しかし,Webサービスにおけるユーザ属性等を利用したパーソナライズ機能等の開発は接客業に含まれない.接客業は顧客を最も喜ばせることができるが,個別の客を扱うことから効率化に限界がある.なので,機械化が進む社会においても,接客業の労働市場が縮小し続けることはない.

別の視点として,戦略論の立場から考えてみる.著書「競争の戦略」において,ポーターは成熟期に移行する市場では企業は以下の3つの戦略のいずれかを選択せざるを得ないと述べている.

  • コストをできるだけ下げて,価格競争で勝つ(低コスト戦略)
  • コストをかけて,他社と差別化を行う(差別化戦略
  • 特定顧客に特化してニーズを満たすことで,顧客の満足度を向上させる(集中戦略)

社会全体が成熟した時の労働市場についても基本的には同じことが言えると思う.つまり個々の労働者は上記の3つの戦略からどれかを選択することになる.しかし,最後に残るのは集中戦略しかないと思う.低コスト戦略(つまり低賃金で働くということ)については確かに選択されるだろうが,いずれは限界がくる.差別化戦略については,未来の情報化社会においては優位性を保てる期間がどんどん短くなるために,継続的に差別化戦略を選択できる労働者は少なくなっていくだろう.なので,多くのプレーヤは集中戦略を取らざるをえなくなる.また,集中戦略を取った場合,顧客に接しない部分の仕事はどんどん機械に置き換わっていき人間は顧客に接する部分の仕事に多く取り組むことになるだろう.つまり多くの労働者は接客業に従事するということである.


機械よりも人間が優れていることとしてよく言われることに創造性がある.確かにその通りだと思うし、機械がどんなに進化したとしても,創造性が必要とされる仕事はいつまでも必要とされつづけるだろう。例えば,基礎研究や芸術的なものは常に必要とされる。しかし接客的な要素を含まない万人向けの仕事に取り組む人はどんどん少なくなるだろう。なぜならば、未来の社会では一人の成果を即座に全員で共有できるようになるために,労働者間の競争がより激しくなるからである。一方で特定の客に特化した創造性はいつまでも必要とされつづけるだろう。つまり,接客業が主流となる社会では,創造性はより少ない顧客にむけて使われることになると思われる.


以上が私の現状の考えである.現状人間が行っている多くの仕事は将来的には機械に置き換わるだろう.そうすると,様々なところで失業の不安をあおる言論がなされるかもしれない.確かに一時的には多くの失業者が出るだろう.しかし,長い目で見れば,接客業の市場拡大により,失業者が極端に多い状況が続くことはないと考えている.すなわち労働志願者は対人的な仕事を選択することができるようになるのである.かっこ良くいえば,「あなたの目の前にいる人のことを一番考えてあげられるのはあなたなのだ」となるだろうか.なので,例えば,他人とスキルの差別化ができないことに対して,過度に悲観的になったりする必要はないと考えている.